1930年代後半頃発行?
タイトルの銃後は第一次世界大戦の事を指していると思われます
表紙は五日市鉄道が1936年に2両導入したキハ500形気動車(そのうちの501)の姿が大きく写っています
なおキハ500形は、1940年に五日市鉄道が南武鉄道と合併する事で、南武鉄道キハ500形となり、更に戦時買収で短期間ながら国鉄キハ500形になりました
最終的には501は栃木県の東野鉄道(廃線)、502は茨城県の茨城交通茨城線(廃線)に譲渡されました
当館のNo.14と内容が似てるが写真が違う
路線図は拝島駅で青梅鉄道と交差していない
またこの時期の鉄道路線図には必ずと言っていいほど立川飛行場の姿がある
裏面
裏面右側
養沢鍾乳洞の写真は他のパンフレットでも見るほどかなり多用されている
当時写真は簡単に何度も撮れるものでは無かったのでしょう
裏面左側
この栗林は西秋留駅(秋川駅)南一粁となっているので、現在あきる野インターある辺りと思われます
西多摩交通歴史資料館蔵
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